CUTKey VC-101ふたたび で新たなキーボードに挑んでいるわけだが、この7、8年は自宅、職場とも新JIS配列+Dovrakが8割、旧JISが2割くらいで、今は通常の入力時は新JISでないといらいらするくらいにはなった。

入力効率と負担軽減を高度に追及していくと「せかいさいきょうの俺配列」みたいなのが出来上がってくるんだけど、まじめに考案してる方には悪いのですが…あまりにもバラエティーが豊かすぎて独自すぎて自分自身の習得意欲はともかく、はっきり言って他の人にはお勧めしにくい。探究者は単一の方式へ集約するこだわりは無くむしろカスタマイズ性や多様性があった方が良いと考えてるのかもしれないけど、ここまで多いと優劣もそれほどないし、逆にこっちをたてればあっちがたたない状況ではないか。旧JIS、ローマ字から乗り換えるならともかく、新JIS配列をそこまで大幅に上回る成果が得られるだろうか。ローマ字 << 旧JISカナ << 新JISカナ <= 孤高の俺配列 な感じ。(新JIS配列は外来語の入力効率が悪いのは認める。)再現しやすさ、ハードを選ばない汎用性という点においては、親指シフト<=孤高の俺配列<その他 だと思う。

まだ親指シフトや新JIS配列のワープロが一部の人の中には記憶があるというのに(たぶんある、と思いますが・・・)、今日も旧JIS配列のみが市販されて、ともするとオサレノートではかな刻印がダサいなどと吐き捨ててアスキー配列を選んだあげくさらに日本語入力の効率を落としてみたり、という状況なのですよ。そもそも入力ディバイスなんてスクリーン表示の5タッチ入力やフリック入力のが一般的になるのも時間の問題だろう。仮にキーボードが入力効率のみで評価されるなら日本語キーボードはステノワードだけか、そうでなくても二コラ風の多重同時打鍵方式が主流になってたんじゃないかな。速記や字幕作成はそもそも専用キーボードで101/106キー配列とは別世界。速記やゲームの反射的な入力などでは、自分の思考や私考や感情をタイプする必要は無いわけで、目的が異なる。しかも、その操作にかかる能力や習得期間も含めて、脳ミソのリソースを多大に食われるのは本末転倒だと思う。半年頑張れば自由にとは言っても職業パンチャや相当意識高いでもなければ半年分の学習コストとしばしば必要となるQWERTY/ローマ字/旧JISへの一時的な切替ストレスが努力に釣り合わないかもね。

コンピューターを思考の道具とするならば、効率最優先で機械的に決定した最適解だとか、思考を超えるような入力効率や世界レベルの入力速度を誇る理想的なキーボードなどはいまだ普及せず、結局不自由の残る入力装置が大多数に受け入れられているという事実は実に人間的だなと思ったりするわけです。

英字はDovrak+日本語は新JISという変態配列な者が語るような内容ではないな。ちなみにNICOLA(親指シフト)はNキーロールオーバーが微妙なのと同時打鍵時の瞬間的な緊張というか力が入る感じがあって疲れます。効率とのトレードオフとも言えますが、プレフィックスシフトを使った新JIS配列の緩い感じの入力とは対極に感じます。

 

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